「言語運用能力」

たいへんありがたいことに、最近どんどんと忙しくなっている。

もちろん、自分でそういう人生を作っているのだが。

結果的に、魅力的な提案であっても、断らなくてはならない事態も生じている。

何に重要性を持たせるかを、常にゴール側からダイナミックに判断し続ける必要を一段と感じている。

 

言語運用能力をもっともっと高める必要もまた、痛烈に感じる。

現代における仕事の大半(あるいは、少なくとも私の担うべき役割としての仕事)には、言語が大きく関わっている。

メールもそうだし、このような情報発信もそうだし、その他もありとあらゆる業務に、言語を運用するという能力が参加する。

だとすると、言語の運用能力が高まれば、それだけたくさんの仕事をこなすことができるということだ。

私は、文章を書くことの質も量も高い方だと自負しているが、世界トップレベルから考えれば、まだまだ物足りないと考えている。

また、文章を読み、情報を処理する能力もそれなりだと思うが、まだまだ理想には程遠い。

自分のゴールがたいへん大きなものであり、その中に仕事のゴールも入っている以上、言語運用能力を高めていくことは極めて優先度の高い課題であり続ける。

 

多くの人にとってもそれは同様だと思うのだが、どうなのだろうか。

いずれ、言語運用能力を鍛えるようなレクチャーを提供したいと考えている。

今はまだ無償で情報をシェアするので、もし言語運用能力を真剣に高めたいと思う方がいれば、連絡をいただければと思う。

「せ・ゆ・ぶ・け」

ずいぶんと昔のことになるが、ドラゴンクエストが好きで、よくやっていた。

ドラゴンクエスト3では、キャラに職業があり、主人公(勇者)が好みの職業のキャラを抜擢し、パーティーを組む。

私は最終的に、「戦士、勇者、武闘家、賢者(せ・ゆ・ぶ・け)」という編成をとっていた。

 

ロールプレイングゲームが好きで、他のジャンルはほとんどやらなかった。

1つの目的のために、仲間を集め、育て、アイテムを揃え、行動する。

それが楽しかった。

 

いまとなっては、ゲームはまったくやらないが、その感覚は常に自分の中にある気がする。

「剣と魔法」を「知識と技術」に持ち替え、仲間を集めてゴールに向かって進むのだ。

 

『週間東洋経済』

『週間東洋経済』を買って読んだ。

最近は、特定の専門分野だけではなく、世の中の動き全般に対して強い関心があるので、こういう雑誌を読んでいる。

改めて、雑誌もいいものだなと感じた。

なぜなら、本来なら自分があまり関心のないテーマが必ず入っているからだ。

スコトーマを外すのにとても役に立つ。

新聞ほど速報性はないからこそ、週間雑誌ならではの企画や、独自の視点などがあり、ちょうど良い。

とはいうものの、月刊誌や、ましてや書籍ほど専門性は高くないので、さらっと読める。

この習慣は続けるつもりだし、英語の勉強が順調に進めば、英語の雑誌もルーティンに組み込もうと思っている。

 

 

「訃報」

「L⇔R」のリードボーカル黒沢健一さんが亡くなったそうだ。

48歳。

「L⇔R」としてメディアに出ていたころ、よく聞いていた。

センスがあるとはこういう人のことを言うのだな、と感じた記憶がある。

今年は、ボウイにはじまり、モーリス・ホワイト、プリンス、モーターヘッドのレミー、ソフトバレエの森岡賢、にブンブンサテライツの川島道行と悲しい知らせが続く。

ご冥福をお祈りします。

「仕事の能率」

最近、仕事の能率がすごく上がった。

そのコツをひとつ書いてみる。

ポイントは並列処理だ。

 

たとえば、あるタスクを分解してみて、「1、2、3、4、5」としてみる。

これらがすべて完了して、そのタスクが仕上がるというわけだ。

具体的に、ひとつの記事を書く場合を考えてみる。

1:構想を練る、2:下書きをする、3:部分ごとに詳細に書く、4:全体を見直して推敲する、4:webにアップする、などだ。

実は文字で書くと勘違いしがちなのだが、この五段階が均等に時間が進んでいくわけではない。

たとえば、2と3の間は、わりとすぐ進めても問題がないが、3と4、4と5の間には少し時間をはさまないと難しかったりする。

無意識に準備をさせるという段階をふまなければならないステップがあるということだ(私はこれは、脳の使い方が大きく異なるステップの際に生じるのではないかと考えている)。

また、もちろん、それぞれのタスクの中でかける時間もバラバラだ。

いずれにせよ、この記事を書くというタスクをひとつとっても、どのような環境で、どのくらい時間をとり、前後に何をしているか、などの諸条件の最適な形が、それぞれのステップごとに存在するということだ。

もっといえば、このステップを分解していけばもっと最適な形を追求することもできる。

とにかく、このようにそれぞれの最適な形を持ったステップを、他のタスクの同様のステップ(たとえばA、B、C、D、E)と組み合わせ、1日の中で最も良い進め方を作っていく。

1A、2、、、3、、、、、B、C、4、D5。。。E

みたいな感じだ。

「、、、」の間には休憩だったり、その他のタスクのステップが入ったりする。

また、次のステップをサッとこなすために、無意識に処理させたりしている。

また、1とAはひとつの作業で同時にやってしまうという意味だ。

 

このように、すべてのタスクを分解し、最適な順番を作り、並列的に処理できるような枠組みをどんどんと作る。

これが1日単位だけではなく、一週間、一ヶ月、四半期、半年、一年などで作っていくのが理想だ。

 

こういったことが以前よりもできるようになってきたので、能率が上がったと感じたのだ。

この記事は考えながら書いているので、ちょっと説明がおぼつかないが、いずれもう少しうまくできるようになると思う。

 

ちなみに、最も重要なのはこういうことをやるべき必要性だ。

必要性がなければ、そもそもできるようにならない。

そして、その必要性を、私たちはゴールと呼ぶ。

「ゆず茶の謎」

少し前に、実家からゆず茶が届いた。

ゆずを刻んでハチミツに漬けたものが、ガラスの瓶にたっぷりと入れられていた。

二日に一回くらいのペースで飲んでいる。

ある朝、ゆず茶を飲もうと思って瓶を持ち上げると、瓶の底が張り付いていたようで、「べリッ」という剥がれる感触があった。

おそらく、前回飲んだ時に、瓶の淵からこぼれたものがつたわって底へと流れ、凝固したのだろう。

そう思い、念入りに瓶底を磨き、次は絶対にこぼれないように注意してゆず茶を作った。

 

数日後、瓶を持ち上げると、再び「ベリッ」という感触があった。

もうこれを三回くらい繰り返している。

毎回こぼれないように警戒する度合いは高まっているのに、何回やっても同じ結果になる。

何かスコトーマがあるのだろうか。

『君も年収1億円プレーヤーになれる』

苫米地英人『君も年収1億円プレーヤーになれる』を読んだ。

久しぶりに読み返してみると、たくさんの発見があった。

最近はこの本以外にもビジネス書を多く読んでいる。

多くのビジネス書には共通して抱える「集団的」スコトーマがある(それが何かは科学のパラダイムに関係がある)。

それを外すためにこの部分は書かれたのだな、というような読み方が、今回の読書できた。

 

どんな本も他の本の知識と無関係に成立しているわけではない。

ということで、最近はコーチング以外の本をたくさん読むことにしている。

知識自体も増えるし、自分の持つ知識の検証を通して、その強度や確信度が高まる。

『創造と変革の志士たちへ』

堀義人「創造と変革の志士たちへ」を読んだ。

グロービズ経営大学院の学長だ。

MBAで学ぶようなフレームワークと、陽明学や松下村塾の教え、囲碁の考え方など、日本古来に見られるフレームワークを使って、リーダーの要件とその身につけ方を説いていた。

見えている課題や、市場に対する分析の仕方などは、非常に洗練されていると感じた。

しかし、現状を超えた大きなビジョンやミッション、あるいはモチベーションに関する記述などは、多くが経験則で、効果的なモデルがあるように感じなかった。

必然的に、「志、努力、情熱、執着」といったエモーショナルな表現が目立ち、全体としていささか精神論めいたものに見えた。

コーチングでは

・現状とは何か

・現状を超えるとはどういう状態か

・ゴールとは何か

・モチベーションとは何か

・モチベーションとはどうすれば生まれるのか

なとが、科学的に定義に基づいて厳密に扱う。

それは、マインドをモデル化しようとした認知科学の成果からくるものだ。

この点が多くのビジネス書に欠けているところであり、コーチングのバリューであると改めて感じた。

「妖 -あやかし-」

京極夏彦に出会ったのは、日本の新本格ミステリーに耽溺していたころだった。

異様な装丁から漂う妖気は、一作目からしてすでに尋常ではなかった。

「姑獲鳥の夏」

読み終わり、こんなすごい作家がいるのか、と驚いた。

メインキャラの「京極堂」こと中禅寺秋彦は、憑き物落としと言われる作業を行いながら、キャラクターに憑いた妖を祓い、物語の謎解きをする。

なんだかコーチに似ていませんか。

わたしたちは、その人にとって望ましくないブリーフを祓うのです。

 

京極夏彦の作品は、やたらと長いことで知られる。

だから、たくさん出版されている作品の中でも、実際には5作しか読んでいない。

すべて読み尽くすほどの気合いはまだない。