コーチングでは、ゴール(goal)を設定するところから開始される。
多くの人は、ゴールは達成するために設定すると考えているが、これは正確ではない。
確かにそういう面もあるのだが、ゴールにはもっと重要な機能がある。
では、ゴールの機能とはなんだろうか。
ゴールの機能は、現在の人生を形作っているブリーフシステム(belief-system)の改変を促すことだ。
ゴールを設定することにより、その人のマインド(mind)の中で重要性(importance)の変化が起こる。
その結果、外界から入ってくる情報に変化が生じる。
なぜなら、外界から入ってくる情報は、マインドの中にある重要性に基づいて取捨選別されているからだ。
ちなみに、この取捨選別の機能面に注目した概念がRAS(reticular activating system)だ。
新しい情報は、これまでの重要性の中では知覚不可能であった、言い換えれば、これまでの情報となんらかの矛盾を引き起こすようなものだ。
すると、そもそも人間は統合的なゲシュタルト(gestalt)をひとつしか維持できないため(認識の矛盾状態を維持できないため)、それまでの情報と新しい情報との間で整合性がとれる認識を作り出そうとする。
その作用が、結果的に、価値判断のシステムであるブリーフシステムの改変につながることが期待できるのだ。
ゴールは現状の外側に設定しなさいと言われる。
これは、上記の文脈で考えるのなら、既存の重要性の埒外にある価値観に基づいて設定せよということである。
もし、それまでの重要性に基づいたゴールを設定したとしたら、いくらそれが「もっとも重要な」ゴールであったとしても、新しい情報は入ってこず、矛盾状態は起こらない。
矛盾状態が起こらなければ、ブリーフシステムは変わらず、コーチングのそもそもの目的である人生を変えるということができない。
さて、既存の情報と矛盾するような新しい情報に人間が接したとき、どのような反応が生じるのだろうか。
端的に言えば、苦しくなる。
おそらくこれは、人間が生体を維持するために安定的な状態を維持しようとするホメオスタシス(homeostasis)の作用なのだろう。
不安や恐怖、拒絶感や違和感を感じさせることで、新しい情報の受け入れを実際に拒否させたり、延期させたりする。
それでもそういった新しい情報を取り込み、意図的にマインドの中に矛盾を作り出すことが、人生を変えるのには必要であることは既に書いた。
ではその苦しさはどう乗り越えるべきだろうか。
そのために、エフィカシー(self-efficacy)という概念がある。
エフィカシーとは「ゴールを達成するための自己の能力の自己評価」のことであるが、この概念は相対的なものであることに留意してほしい。
つまり、何かしらの担保を求めるものではなく、自分で自分の能力を絶対的に評価する力であるということだ。
苦しいときに人は、やっぱり自分には無理なのかなと感じる。
これをあえて論理的な推論として記述すれば、
こんなに苦しい→続けられるはずがない
こんなに苦しい→自分には才能がない
こんなに苦しい→そもそも自分のゴールではない
この推論自体は論理的ではないのだが、苦しいが故にこういう短絡的推論に飛びついてしまう。
このような不完全ながらの推論や、あるいは、苦しいという状況そのものを脱構築するような、封じ込めるようなマインド内部での力学が必要になる。
そのためのエフィカシーだ。
つまり、
「確かに苦しい。無理な理由もいろいろと湧いてくる。でも自分にはゴールを達成できる能力があるはずだ。理由? そんなものはない。あえて言うならば、自分でできると決めたからだ」
こういう方向を持つエネルギーがマインドの中にあることで、正しいゴール設定の際に生じる苦しさを相対化していく力学が生まれるのだ。