現代ほど、言語運用能力が重要になっている時代はないのではないだろうか。
根拠は単純で、書く機会が爆発的に多くなっているからだ。
書くためには、読む、話す、聞くにもまして、論理性が重要となる。
しかし残念なことに、日本の公教育の中でそれを期待することが難しいのが現状だ。
なぜなら、日本の国語教育は、相変わらず文章の「解釈」もっと遠慮なく言えば「感想」に終始しているからだ。
文部科学省の小学校学習指導要綱を読んでみると、「論理性」「適切な表現」「正確な理解」「伝え合う力」「思考力」「想像力」を身につけることを目的としているようだ。
しかし、これらを満たした状態が「具体的に」どういうものなのかは、定義されていない。
結果的に、文章を主観的に捉える側面だけを助長するような、極めて偏った指導が横行してしまっていると感じる。
もちろんそこでは、文章を「なるべく」客観的に捉え、自分の意見を論理的に構築し、言語表現に落とすという指導は期待できるはずもない。
このように考えていくと、日本人の生産性を上げるためには、国語教育を改善することが望ましいとわかる。
そこまで大げさな話でなくとも、まっとうなビジネスパーソンであれば、言語運用能力を高めていこうという意識的努力はあってしかるべきだ。
そのような問題意識で、記事を書いたのが、以下に紹介するものだ。
私がいままでやってきた、論理、言語を鍛えるアプローチの一部を紹介している。
まだ記事にしたことはないが、ここに「トゥールミン・ロジック」の訓練が加われば、なおいいだろう。